#今日はみなさんにネパールと日本の関係についてご紹介したいと思います。
みなさんこれはご存じですか??
① ネパールをはじめて訪れた外国人は日本人なのです。1899年僧侶の河口慧海[かわぐちえかい]が外国人として初めてネパールを訪れました。
②1902年、ネパール人として初めて日本を訪れたのは、ネパール人の学生でした。ネパール人の初めての留学先が日本だったのです。
③ ネパールでは、学生時代に、日本の歴史を必ず勉強します。日本とネパールは、文化、宗教の面で多くの類似性を共有し、心情的にも似通っているからです。ネパールと日本の伝統的な文化は歴史の地下水脈を通じて密接に繋がり、両国の文化に浸透しているのです。
④1992年にネパールで初めて放映された国際ドラマは、ネパール国営テレビで放映された日本の『おしん』でした。それは、ネパール語に吹きかえられて放映されました。ドラマの内容がその時代のネパールによくにており、史上最高視聴率は80.9%を記録しました。
⑤ ネパール人が習いたい外国語ランキングは、1番の英語に続き、2番目は日本語です。隣の国インドは、イギリスの植民地だった為、ネパールでは英語は小学校入学から勉強します。元ネパールの国王ビレンドラ・ビール・ビクラム・シャー・デーヴは東京大学で勉強しました。ビレンドラ・ビール・ビクラム・シャー・デーヴは、歴代の国王の中でも多くのネパール人に最も愛された国王でした。
⑥ 三浦 雄一郎さんは2003年当時、世界最高齢でエベレスト登頂しました。2008年5月には、75歳で2度目の登頂に成功。そして、2013年5月には世界最高齢80歳で3度目のエベレスト登頂に成功しました。70歳以上でエベレスト登頂者は世界でわずか4人であるが、3度も達成したのは三浦雄一郎さんただ1人であり、今後もこの記録が破られることはないだろうと言われています。
⑦ 田部井 淳子さんは、女性として1975年に世界で初めて世界最高峰エベレストへの登頂に成功した日本人の登山家です。同じ年1975年にネパール 王国から最高勲章グルカ・ダクシン・バフ賞も受賞しました。
⑧ マナスル山は世界に14座ある8,000m峰のうち、8番目に高い山です。この山は、日本と深い関わりがあります。1956年、日本山岳会によって世界で初めて登られた山なのです。マナスル三山と呼ばれる、マナスル、ヒマルチュリ(7,893m/1960年)、ピーク29(7,871m/1970年)は、いずれも日本隊によって初登頂されました。1974年、日本女子隊によって日本女性3人が登頂したのですが、これは世界初の女性による8,000m峰登頂となりました。そして1981年には、日本人男性3人が酸素ボンベを持たずに登ることに成功したのです。このように、マナスルは日本人にとって縁の深い山なのですが、現地事情の複雑さや雪崩の危険性をはらんだルート内容などから8,000m峰の中では今でも登山者を迎えることの少ない山です。
1994年関西国際空港の開港により、日本とネパールのダイレクト便が就航後、ネパールには毎年5万に以上の観光客がおとずれました。残念なことに、1996年に王国を止め、民主主義にとの動きがあり、ネパールでは2006年まで内戦が続きました。ネパールに訪れる日本人が減少し、日本からネパールへのダイレクト便も無くなってしまいました。
日本が大好きな多くのネパール国民は、日本へ簡単に入国することはできません。経済的な問題と、入国審査の高いハードルが為です。ネパール国民は、多くの日本人がネパールを訪れてくれる事を願っています。
一時期は、ネパールの国の情勢が安定していない事もあり、日本人観光客もネパールから遠のいてしまった時期もあります。ですが、近年ネパールの情勢も安定し、日本人の観光客も増えつつあります。以前の様に多くの日本人のみなさんにネパールを訪れてほしいのです。日本に訪れる事が困難なネパール人にも、自分の国に居て近くに日本のことを感じてほしいのです。日本とネパールがもっと仲良くなるこのプロジェクト、『日本友好INネパール』日本とネパールの架け橋になるよう信じています。
皆さんと共に『日本友好INネパール』プロジェクトを自分自信の小さな勇気を持って国際関係に関する沢山の交流活動をして行きたいと思います。ご協力どうぞよろしくお願いいたします!
2014年6月3日には、ネパールと日本つながる素晴らしニュースがありました。


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